2017年7月30日 鎌倉海岸キリスト教会月報
二千年前に開かれた天国の門 戸川偕生
こうして、イエスはバプテスマを受けてすぐに水から上がられた。すると、天が開け、神の御霊が鳩のように下って、自分の上に来られるのをご覧になった。また、天からこう告げられる声が聞こえた。「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。」マタイ三・一六、一七
イエス様は、公生涯を始められるとき洗礼を受けられました。
洗礼はイエス様を信じた者がその告白として受ける儀式です。そのイエス様が洗礼を受けられたとき天が開けたとあります。
天が開けるとは、天国の門が開かれたということです。
それまでは、天国の門は閉じていました。どんなに素晴らしい信仰者でも天国に入れなかったのです。死んでその霊はよみ(ハデス)に行くしかありませんでした。
その閉じられていた天国の門が、イエス様の洗礼によって開かれたのです。
イエス様の洗礼は、信じて洗礼を受ける者は天国に入ることが出来るという意味を持っています。
イエス様は公生涯で、そのことを伝え、洗礼から三年半後に十字架にかかられ、死んでよみに下り、よみにいた信仰者たちの霊を天国に引き上げられました。
イエス様ご自身も、三日目に復活され、四〇日後天国に帰られました。
二千年前にあった歴史的事実です。
イエス様の十字架以後、イエス様を信じ洗礼を受けた者は、死後その霊は開かれた天国の門をくぐることが出来るのです。
イエス様は、自ら天国の門を開かれ、また、イエス様のことを知らない人々の心の戸を開こうと働かれました。
見よ、わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いてとをあけるなら、わたしは、彼のところに入って、
彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。 黙示録三・二〇
天国の門を開かれたのはイエス様ですが、心の戸を開くのは人間側のすることです。
イエス様は私たちが自分の心の戸を開き信じることを願って心の戸をたたき続けておられます。
イエス様が戸をたたくとは、教会の働きを意味すると同時に、クリスチャンとなった者の伝道活動を意味します。
一人でも多くの方が心の戸を開いてイエス様を受け入れ、天国の門をくぐっていただくために、私たちもイエス様と一緒になって、未だイエス様のことを知らない方々の心の戸をたたき続けて行きたいと思います。
二千年前イエス様は十字架の血によって天国の門を開かれました。この門の閉じられる時が迫っています。
ご自身言われました。
「時が満ち、神の国は近くなった。悔い改めて福音を信じなさい。」マルコ一・一五