教会便り_310号 (2019_11_24発行)

2019年11月24日  鎌倉海岸キリスト教会月報

 五才の殉教者

クリスチャン新聞に、徳川家康の時代、父親と共に五才の息子がキリシタンの故に殉教したとの記事が出ていました。
早速、インターネットで調べてみました。
その親子は、豊後の細川忠興に仕える加賀山半左衛門と息子で、二人ともキリシタンでした。半左衛門は再三の棄教の勧めにもかかわらず棄教しなかったため、死刑宣告がなされました。

半左衛門は動揺することなく晴れやかに、殿(忠興)に謝意を述べ、家に入り、母のジュスタ、妻のルチア、娘のテクラと最後の挨拶をかわし、それから一同に向かい、労苦を耐え忍び、信仰の道を全うし、最後まで身を聖く保つよう勧め、励ましました。そうして、殉教という形で自分の信仰を貫き、全うできるように導いてくださった神様に、心からの感謝をささげました。
近くにいた役人からどこで処刑されたいのかを聞かれた時、娘テクラは,何一つ悪いことをしていない父に対して心休まる家の中で斬られてくださいと懇願しましたが,半左衛門は「キリストは何の罪もないのに公の刑場で二人の盗賊の間で処刑された。自分でもできる限りキリストに倣って処刑されたい」
と言いました。
すると,息子ディエゴが近づいてきて,「私も一緒に神様のところに連れて行ってください」と涙を流しながら頼みました。

半左衛門はそれを拒みましたが,ディエゴがすがりついて言うことを聞かないので刑場まで付いてくるのを許しました。
しかし,このとき幼子ディエゴにも処刑命令が出ていたのを半左衛門は知りませんでした。

刑場に着くと半左衛門は、役人達に福音の言葉を語りました。
「私がキリスト教の教えを捨て、殿(細川忠興)の命令に従うよりも、むしろ首を差し出して斬られるのを見て、皆さんは私が気が狂ってしまったように思うかもしれません。しかし、私がこうするのは、この信仰によってのみ、人は魂の真の救いを受けられることを、知っているからなのです。
この無上の創造主の掟と信仰とを心より受け入れて、永遠の救いを得られるように、という、ただこの一つのことだけであります。
イエス・キリストによる魂の救いは永遠であり、極めて重要なことですから、これだけは、他のいかなる歓楽よりも大切にしなければなりません。」

半左衛門はひざまづいて首に刀を受けました。これを見ていたディエゴは恐れることなく父の亡骸に近づき横たわって確認した後,これにひざまづいて手を合わせ「キリスト,マリア」の名を唱え,父が斬られた同じ刀で斬られました。
1615年10月15日半左衛門47歳,ディエゴ5歳の時の殉教でした。

 半左衛門の家族全員に洗礼名が付いていることと、息子の信仰から家長である半左衛門の信仰の素晴らしさが分かります。私自身の信仰姿勢を改めて考えさせられました。

戸川偕生