教会便り_309号 (2019_10_27発行)

2019年10月27日  鎌倉海岸キリスト教会月報

天国・よみ・地獄

日本人で死後の世界があると信じている人は、人は死んだら天国か地獄どちらかに行くようになると思っています。そして、よみも地獄も同じと思っています。
しかし、聖書には、よみと地獄は違うことがはっきりと書かれています。

イエス様による最後の審判の様子がヨハネの黙示録に出て来ます。

また私は、大きな白い御座と、そこに着いておられる方を見た。地と天はその御前から逃げ去り、跡形もなくなった。
また私は、死んだ人々が大きい者も小さい者も御座の前に立っているのを見た。数々の書物が開かれた。書物がもう一つ開かれたが、それはいのちの書であった。死んだ者たちは、これらの書物に書かれていることにしたがい、自分の行いに応じてさばかれた。
海はその中にいる死者を出した。死とよみも、その中にいる死者を出した。彼らはそれぞれ自分の行いに応じてさばかれた。
それから、死とよみは火の池に投げ込まれた。これが、すなわち火の池が、第二の死である。
いのちの書に記されていない者はみな、火の池に投げ込まれた。
(黙示録 20章 11~15節)

ここに、「よみ」と「火の池」が出て来ます。「火の池」は人が地獄と呼んでいる所です。
「よみ」にいる人は、最後の審判の時、呼び出されて裁きを受けます。その後「火の池」に投げ込まれます。

神様を信じることが出来ずに亡くなった人は「よみ」に行き、最後の審判の時を待っています。
イエス様の十字架と復活の前は、信じていた人も「よみ」にいました。

十字架・復活以前は、いくら信じて亡くなっても罪の贖いがなされていなかったため「よみ」に行くしかありませんでした。イエス様の十字架による罪の贖いは過去から未来に亘って完全になされましたので、「よみ」にいる信者は天国に引き上げられたのです。
二千年前にイエス様が十字架と復活によって罪の贖いをなさってくださったことで、今の信者は亡くなって直ぐに天国に入ることが出来るのです。

最後の審判の時、「いのちの書」が開かれた、とあります。「いのちの書」には信じた人の名が記されています。世界中どこの国の人も、大昔の人も、未来の人も、神様を信じた人は全員です。
「いのちの書」に名が記されているならば、最後の審判を恐れる必要はありません。

地に住む者たちで、世界の基が据えられたときから、屠られた子羊のいのちの書にその名が書き記されていない者はみな、この獣を拝むようになる。
(黙示録 13章 8節)

しかし、すべての汚れたもの、また忌まわしいことや偽りを行う者は、決して都に入れない。入ることができるのは、子羊のいのちの書に記されている者たちだけである。
(黙示録 21章 27節)

神様の前に、自分には罪があり、天国に行けない者であることを告白し、その罪がイエスキリストの十字架によって赦されたことを信じた時、「いのちの書」に名が記されたのです。
やがて私たちは天国でイエス様にお会いできます。そして、イエス様が再臨される時、栄光の体に復活するのです。