教会便り_295号 (2018_08_26発行)

2018年 8月26日  鎌倉海岸キリスト教会月報

聖書のエヴィデンス

 最近耳にする言葉でエヴィデンスという言葉があります。英語ですが意味は、証拠、証明、証言、根拠などが主なものです。
それに加えてもう一つ大事な意味があります。それは、神の証(あかし)という意味です。神様を証しする証拠、根拠になるしるしです。
その意味からすると聖書はまさに神様のエヴィデンスが詰まった書であると言えます。
従って、キリスト教はエヴィデンスの宗教ということになります。

聖書のエヴィデンス、すなわち神様を証しするしるしは神様によってなされた奇跡、イエス様によってなされた奇跡もそうですし、数多くある預言の成就も歴史を支配されている神様を証ししています。

ただ、奇跡によるエヴィデンスは、始めて聖書を読む人を困惑させます。
特に、聖書の冒頭の創世記の六日間による天地創造は科学的ではないとして単なる表現方法の違いによる神話に過ぎないと片づけてしまう人が大多数です。神学者、牧師でも、そのように解釈して、それが真理のように思っている方が多いです。

天(宇宙)と地(地球)を神様は最初に創造されたとあります。
そこからして信じられないと言います。と言って、どうして宇宙と地球が出来たのかを証明する学説はありません。

この地球は銀河系宇宙の中にあり、銀河系宇宙は他に約二千億あると言われています。また、地球は星の一つであり、銀河系宇宙の中に地球を含め二千億の星があるということです。ということは、星の総数は二千億の二千億倍になるということです。
数え切れない星の中で、唯一つ地球だけに生命があり、生命が生き、いのちを繋げていけるような環境になっているのはまさに奇跡です。多くの生物がいる中で、その頂点にある人間だけに、神様を信じることが許されているのはなぜでしょうか。

神様は目的をもって人間を創造されているのです。
神は仰せられた。「さあ、人をわれわれのかたちとして、われわれの似姿に造ろう。こうして彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地の上を這うすべてのものを支配するようにしよう。」創世記 1章26節

神様のことを知らないまま生きることはもったいないことです。
神様を知らない人は、人生の目的、自分の存在する意味がはっきりしないまま、生きている間の幸せを求めつつ、死後のことを考えないようにして人生を終ります。
私たち人間は奇跡の星地球に生かされています。宇宙の法則、自然の法則の中で守られているのです。そのこと自体奇跡です。
天文学の発展によって地球の不思議さが一層はっきりして来ました。
人間には、特別に、神様を求める心、神様を知り信じることができる心(霊)が与えられています。

聖書に書かれている神様のエヴィデンスを認め、神様を信じ、神様を常に見上げて生きるならば、

神様は一人一人に神様の目的を示されます。
示された神様の御心に沿って生きることが、本当の幸せであり、死後に続く永遠の素晴らしい世界に生きる輝望(きぼう)です。

神はご自分が造ったすべてのものを見られた。見よ、それは非常に良かった。
夕があり、朝があった。
第六日。  創世記 1章31節