説教主題_2026_03_01_山中直義師

タイトル 「神のわざが現れるために」 聖書箇所:ヨハネの福音書  15章 26節~16章16節

 ヨハネの福音書16章は、イエスが十字架に向かう直前に弟子たちに語られた「告別説教」(13-16章)の結びにあたる章です。
まず、イエスを信じる者は世に憎まれて迫害に遭うことが教えられています。それは、世がイエスに対して行ったことであり、イエスの弟子たちも同じことを経験します。しかし、イエスが遣わしてくださる助け主/御霊がキリスト者とともにいてくださり、イエスを証しする力を与え、罪と義とさばきについて世の誤りを明らかにしてくださいます。(1-15節)

 続いてイエスは、ご自分の死と復活を「産みの苦しみと子が生まれた喜び」にたとえられました。イエスを失うという弟子たちの悲しみは一時的なものであり、必ず大いなる喜びに変わります。十字架という最大の絶望と悲しみが、復活という奪い去られることのない永遠の喜びの源へと造り変えられるからです。(16-24節)
最後にイエスは、「世にあっては苦難があります。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝ちました」と語られました。この世でイエスに従う歩みには、試練や迫害が伴います。そして、弟子たち自身もイエスを見捨てて散らされるという信仰の挫折を味わいました。しかし、イエスは十字架と復活により、世に対して、そして私たちの愛と信仰のなさに対して、すでに勝っておられるお方です。このお方を信じてとどまる者は、世に勝つことができるのです。(25-33節)

 苦難の多い世にあって私たちがつまずくことなく勇気をもって歩むことができるのは、すでに世に勝った主がおられるからです。そして、このお方が死と復活を経て遣わしてくださった助け主/御霊がおられるからです。イエスのことばを心に留め、御霊に導かれ、十字架と復活を喜びの源として祈りつつ、世に対してイエスを証しする者たちであらせていただきたいと思います。