タイトル 「闇から光へ」 聖書箇所:ヨハネの福音書 3章 1~21節
今日の箇所は、ファリサイ派(パリサイ人)のニコデモが夜にイエスさまを訪ねる場面から始まります。「夜」は、理解の不足や迷いを象徴しています。ニコデモは知識も敬虔さも備えていましたが、心の深いところで光を求めていたのです。イエスさまは彼に、「人は新しく生まれなければ、神の国を見ることはできない」と語ります。この「新しく生まれる」とは、自分の努力で生まれ変わることではなく、神の霊によって新しい命を与えられることです。人間の力ではなく、神の働きによって私たちは神の国に招かれます。
イエスさまは続けて、ご自身が十字架に「上げられる」ことを示されます。十字架を仰ぎ見ること、つまりイエスさまを信じることによって、私たちは永遠の命を受けるのです。この救いの中心にあるのが、よく知られた「神はその独り子をお与えになったほどに、世を愛された」という言葉です。神は裁くためではなく、救うために御子を送られました。しかし光が来たとき、人は光を受け入れるか、それとも闇にとどまるかを問われます。信じるという応答は、私たち自身の選びであると同時に、神の霊の導きによる恵みでもあります。
ニコデモは弱さや戸惑いを抱えながらも、光を求めて一歩踏み出しました。私たちもまた、神の霊に心を開き、十字架のキリストを仰ぎ見ながら、光へと歩む者でありたいのです。
そして今日、アドベント第一主日を迎える私たちは、まさに「光を待ち望む民」として招かれています。闇の中に差し込む最初の光を見つめつつ、主の到来を、希望をもって待ち望む時です。ニコデモが夜の中で光を求めたように、私たちもまた、来られるキリストに心を向け、与えられる新しい命と救いの恵みを深く受け止めたいのです。主の光が私たちの歩みを照らし、このアドベントの季節を通して、さらに主に近く歩む者とされますように。