タイトル 「心と思いが一つであった」 聖書箇所:使徒の働き 4章 32~5章 16節
今朝は「宗教改革記念礼拝」として主に礼拝をささげています。16世紀の宗教改革は、世俗化によって形骸化した教会を立て直そうとする悔い改めの運動でした。ルターやカルヴァンたちは「聖書に立ち返れ」と訴え、一人ひとりが信仰に堅く立つことによって成り立つ教会を目指しました。私たちもまた、私たちの姿を見つめ直し、聖書が示す真の教会について教えられたいと願います。
使徒の働き4章32節から5章16節は、2章43-47節に続き、初代教会の姿を要約しています。ここでは特に、信じる者たちの心と思いが一つであったこと、使徒たちが大きな力によって主イエスの復活の証をしていたことが教えられています。その記述の中に、対照的な人たちが登場します。主の教会に誠実に仕えたバルナバと、聖霊/神を欺いて教会の一致を壊そうとしたアナニアとサッピラです。アナニアとサッピラの罪は、ささげ物の一部を残したことではなく、聖霊/神を欺いたことでした。3節でペテロは「なぜサタンがあなたの心を満たしたのか」(直訳的試訳)と言いました。私たちの心もまた、何によって満たされているのかが問われています。
アナニアとサッピラは、いずれも自ら倒れて息が絶えました。聖霊/神を欺くことで教会の一致を壊そうすることがどれほど致命的なことであるのかを教えられたいと思います。一方、この出来事を通して、教会とその周囲の人々に「大きな恐れ」が生じました。それは単なる恐怖ではなく、生ける神に対するあるべき応答の姿だと言えます。その恐れは、信じる者たちをいよいよ一つにしました。そして、形ばかりの信仰者ではなく、真に主を信じる者たちが加えられていきました。そして、主の教会はこの後、様々な試練に遭いながらも、エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、さらに地の果てまでイエス・キリストの証人としての働きを続けたのでした。そして、主の教会は今も変わることなく同じ働きを続けており、鎌倉海岸キリスト教会もまたその一部とされています。復活の主を証する教会の一員として、私たちの心と思いも一つであらせていただきたいと願います。