説教主題_2025_09_28◆伝道礼拝◆山中直義師

タイトル 「神の深いあわれみにより」 聖書箇所:ルカの福音書 1章 57~80節

 今朝のみことばを通して、神の深いあわれみについて教えられたいと思います。

・バプテスマのヨハネの誕生(57-66)
ヨハネの誕生(57-66)は、5-25節のエピソードに続くものとして描かれています。ザカリヤは、必ず実現する主のことばを信じなかったことで口がきけなく(おそらく耳も聞こえなく)なり(20)、ヨハネが生まれるまでの十ヶ月を過ごしました。そして、男の子が生まれたとき、主の使いに命じられていたとおり(13)、その子の名を「ヨハネ」(「主のあわれみ」の意)とつけました。ザカリヤは、十ヶ月の沈黙と瞑想の時を通して主のあわれみについて深く考えさせられたことと思います。

・ザカリヤの賛歌(67-79)
そんなザカリヤが歌った賛歌は、「聖霊に満たされて預言した」ものだと言われています(67)。この賛歌は、信仰者としてのザカリヤの賛美でありつつ、主からの大切なメッセージでもあります。その歌は主への賛美から始まり(68a)、賛美の理由が続けて語られます(68b,69)。「顧みて」と訳されていることばは、「訪れて」という意味を持ちます。主が、私たちを(罪の束縛から)贖うために私たちのすぐそばに来てくださった。そのことのゆえに賛美がささげられています。そして、この救いは「私たちの敵からの…救い」だと教えられています(71,74)。さらに、「敵からの救い」の先にあるのは「私たちを…恐れなく主に仕えるようにしてくださる」ことだと言われています。主から遠く離れて敵の力に捕らえられていた私たちを救い出し、私たちが「敬虔に、正しく」(75)、喜んで主に仕えるようにしてくださる。それが主の救いだというのです。

76,77節は主イエスの先駆者としてのヨハネについてのことばです。預言者としての彼の重要な働きは、「罪の赦しによる救い」について神の民に知識を与えることだと言われています(77)。「救い」は「罪の赦し」によって与えられるということを、私たちも深く教えられたいと思います。賛歌の締めくくりにあたる78節でザカリヤは、「これは私たちの神の深いあわれみによる」と宣言しています。私たちの救い主である主イエスは、「暗闇と死の陰に住んでいた私たち」(79)を照らす光となって「いと高き所から私たちに訪れ」てくださいました(78)。

私たちに罪の赦しを与えて救ってくださった神の深いあわれみを、私たちも深く思い巡らし、感謝と喜びをもって主をほめたたえたいと願います。