説教主題_2025_06_22◆伝道礼拝◆山中直義師

タイトル 「子どものように神の国を受け入れる者でなければ」 聖書箇所:マルコの福音書 10章 13~16節

 この子どもたちは、「触れていただく」ことを願って主の元に連れて来られた。しかし、主はこの子どもたちを「抱き、彼らの上に手を置いて祝福」してくださった。連れてきた者たちの願いを遙かに超えたことが実現し、主の祝福,が確かに与えられた。難解なみおしえを理解することだけが主の祝福を受ける道ではない。ましてや、理解が浅そうだからという理由で、人を主の元から追い払うようなことがあってはならない。それは、主の憤りを招く大きな誤りであり、罪である。主は、ご自身のもとに来られるすべての者をよくご存じで、それぞれにふさわしい方法で対応し、確かな祝福を与えて下さる。

 主は、私たちが賢く立派だからという理由で私たちと契約を結んでくださる(救ってくださる)のではない。むしろ、自らの弱さや愚かさを認めつつ、ただ主を信頼して主を求め、主のあわれみにすがろうとする者に、人の思いを超えた祝福を与えてくださるお方である。また、この子どもたちを主イエスのもとに連れて来た者たちがそうであったように、私たちも、家族や友人や知人が主の救いの恵みに与ることができるよう、とにかく主の元に連れて行くことに専念すれば良いことを忘れないようにしたい。