タイトル 「権利を取り去った神」 聖書箇所:ヨブ記 27章 1~12節
主イエス・キリストが十字架にかかって死に、三日目によみがえられてから五十日目にあたる「五旬節の日」に、主イエスを信じる者たちに聖霊が注がれ、教会が誕生しました。
その日、百二十人ほどの弟子たち(1:15)が主イエスの約束(1:4,5)を信じてエルサレムにとどまり、心を一つにして集まっていました(2:1)。すると突然、天から激しい風が吹くような「響き」が起こり(2:2)、炎のような「分かれた舌」が一人ひとりの上にとどまり(2:3)、彼らは「聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、他国のいろいろなことばで話し始めた」のでした(2:4)。
当時、エルサレムにはあらゆる国々から来たユダヤ人たちが住んでいましたが、彼らはその「物音」(響き)を聞いて集まって来ました。そして、彼らの国のことばで弟子たちが「神の大きなみわざ」を語るのを聞いて非常に驚き、「いったい、これはどうしたことか」(試訳: これは何を意味しているのか)と言い合いました(2:5-12)。
この出来事の意味について、ペテロは語りました(2:14-36)。第一に、これは旧約聖書の預言(ヨエル2:28-32)の成就であると宣言しました。すなわち、主イエスの十字架とよみがえりを経た「終わりの日」(原文は複数形; 終わりの時代)に、主の霊である聖霊が主イエスを信じる一人ひとりに確かに注がれるようになったというのです。さらにペテロは、ナザレのイエスこそが神が約束しておられたメシアであると語りました。このお方は、「あなたがた」の手によって十字架につけられて死なれたが、神はこのお方をよみがえらせ、今は天の御座に着いておられるのだと宣言したのです。
すると、これを聞いた人々は心を刺され、ペテロの勧めにしたがって悔い改め、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けました。その日、三千人ほどが信仰に導かれ、賜物として聖霊を受けたのです(2:37-42)。
このように、初穂である主イエスがよみがえって天に昇られた後、主イエスのうちにおられた聖霊は主イエスを信じる者たち一人ひとりに注がれました。こうして教会が誕生し、聖霊を受けた者たちは、あらゆる国の人々に「神の大きなみわざ」であるイエス・キリストの福音を宣べ伝えるようになりました。
この聖霊の働きは、あの五旬節の日から今日に至るまで変わることなく続けられています。今も、主イエスを信じる私たち一人ひとりに聖霊が与えられており、主イエスの福音を宣べ伝えるという神の御業は力強く進められているのです。