タイトル 「3本の十字架」 聖書箇所:ルカの福音書 23章 32~49節
川越姉妹は昨年の今日6月1日(土)11時55分老衰のため召されました。92歳でした。葬儀は6月3日教会で行いました。
川越姉妹は14年前誘われて教会に来られるようになりました。教会の雰囲気が好きで続けて来ておられましたが、洗礼を受ける気持ちはありませんでした。
ところが、息子さんのお嫁さんがカトリックですが、洗礼を受けられたことをきっかけに洗礼のことを真剣に考えられるようになり、人間は誰でも
神様の前に立てるような、きよさはなく、逆に罪に汚れていることが分かり、自分もその一人であると分かりました。そしてその罪を消し去るには、人間の努力では不可能で、神様の罰を受けるしかないことも分かりました。
神様はそのような状態にある人間を憐れみ、人間の代表として神様の罰を
身代わりに受けられる罪の無いきよい人間を、この世に送ってくださいました。そのきよい人間こそイエス・キリストです。
イエス・キリストは約2000年前ユダヤ人として誕生されましたが、その本質は神様ですから罪のないきよい人間として成長され、病気を癒されたり様々の奇跡をなされ、貧しい者、弱い人を愛されました。
33歳の時、罪の無い人間でありながら、十字架に架けられました。
それこそが、人間すべてが持っている罪に対する罰でした。
イエス・キリストの十字架を真ん中に左右1本ずつ計3本の十字架が立てられました。3本の十字架は罪の赦しについて教えています。
川越姉妹はイエス・キリストの十字架は自分のためでもあったことが分かりイエス・キリストは自分の救い主であると信じることができました。