2019年9月29日 鎌倉海岸キリスト教会月報
よみにいたアブラハム
人の肉体は必ず土に返ります。しかし霊魂は死なずに神様が定められたところに行きます。
ある金持ちがいた。紫の衣や柔らかい亜麻布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた。
その金持ちの門前には、ラザロという、できものだらけの貧しい人が寝ていた。
彼は金持ちの食卓から落ちる物で、腹を満たしたいと思っていた。犬たちもやって来ては、彼のできものをなめていた。
しばらくして、この貧しい人は死に、御使いたちによってアブラハムの懐に連れて行かれた。金持ちもまた、死んで葬られた。
金持ちが、よみで苦しみながら目を上げると、遠くにアブラハムと、その懐にいるラザロが見えた。 (ルカ16章19~23節)
信仰深いアブラハムは天国ではなくよみにいました。
そこにはアブラハムだけではなく旧約聖書に出てくるヤコブやダビデなど信仰深い人たちが沢山いました。
・ヤコブの言葉
おまえたちは、この白髪頭の私を、悲しみながらよみに下らせることになるのだ。 (創世記42章38節 後半)
・ダビデの言葉
あなたは私のたましいをよみに捨て置かずあなたにある敬虔な者に滅びをお見せにならないからです。 (詩篇16篇10節)
よみには信仰ある人だけでなく信仰の無い人、悪しき人もいました。
しかし、もし【主】がこれまでにないことを行われるなら、すなわち、地がその口を開けて、彼らと彼らに属する者たちをことごとく吞み込み、彼らが生きたままよみに下るなら、あなたがたはこれらの者たちが【主】を侮ったことを知らなければならない。」
モーセがこれらのことばをみな言い終えるやいなや、彼らの足もとの地面が割れた。地は口を開けて、彼らとその家族、またコラに属するすべての者と、すべての所有物を吞み込んだ。彼らと彼らに属する者はみな、生きたまま、よみに下った。地は彼らを包み、彼らは集会の中から滅び失せた。 (民数記16章30~33節)
信じている私たちも、死後よみに行くのでしょうか。
そうではありません。
イエス様が十字架にかかられ、過去から未来まで、信じた人々の罪を贖ってくださったことにより、十字架以前の信仰者たちの霊魂をよみから天国に引き上げて下さったのです。もちろん、私たちの霊魂もよみに行くことなく天国に行くのです。
しかし、私たちは一人ひとり、キリストの賜物の量りにしたがって恵みを与えられました。
そのため、こう言われています。「彼はいと高き所に上ったとき、捕虜を連れて行き、人々に贈り物を与えられた。」 (エペソ4章7~8節)
イエス様は死後よみに行かれ、父なる神様によってよみがえらされたとき、よみにいた信仰者たちを天国に引き上げられました。
よみと滅びの淵は主の前にある。 (箴言15章11節 前半)
父なる神様がよみの主権者ですので、それが可能であったのです。
イエス様は復活され、今はアブラハムや多くの信仰者とともに天国におられます。
やがて私たちは天国でイエス様を始め聖書にある信仰者に会えるのです。