教会便り_296号 (2018_09_30発行)

2018年 9月30日  鎌倉海岸キリスト教会月報

 群馬県上野村でのこと  戸川偕生

今年の夏休み家内と二人、3泊4日で、計画に縛られないのんびりドライブ旅行をしてきました。
宿だけは山に囲まれ、温泉があり、料理がおいしく、そして低価格という条件を満たす所を、旅行雑誌とインターネットで探し、予約の取れた所に決めて出掛けました。

一泊目は群馬県上野村の山の中にある国民宿舎でした。
そこは、安いせいかスタッフが少なく部屋の掃除も不完全で第一印象が良くありませんでしたが温泉と料理は満足できる内容でした。

上野村のことは何も知りませんので、翌朝フロントで、この近辺で見るところはないか尋ねました。
これといった観光名所も施設もないことが分かりました。本当の山村で田んぼも無く、昔は米を馬に積んで隣の村から峠を越えて運んでもらっていたようなところです。

その山村に33年前、とんでもない事があったのです。
私も上野村という名を耳にした時、聞いたことがある、確か日航ジャンボ機が墜落したのが上野村の御巣鷹山(おすたかやま)の尾根だったのではないかと思いだし、フロントの方に聞きましたら、やはりそうでした。

その方は当時のことを憶えておられ、村中大変なことになり、その混乱は3カ月続いたそうです。
その後、事故で死んだ方々の慰霊のために「慰霊の園」が建てられ、そこは車で15分ほどの所にあるとを聞きましたので、尋ねてみることにしました。

「慰霊の園」は今回の旅行の中で一番心に残った訪問場所でした。
「慰霊の園」は山の中にしては珍しいほど広い平面の敷地に10メートルほどの高さの三角錐の石塔が向かい合って建てられており、それは墜落現場の御巣鷹山(おすたかやま)の方に合掌した手を表しているということでした。

石塔の後ろの墓誌には事故で亡くなった520人の氏名が50音順で刻まれていました。
石塔の横には資料館があり、当時の事故資料、遺品、事故現場で救助に協力した地元消防団の方、事故現場まで道案内した猟友会の方、救助隊のための炊き出しなどされた女性のインタビュー録画が放映されていました。

1985年8月12日午後6時56分、東京発大阪行き日航ジャンボ機123便は原因不明の機体トラブルで群馬県上野村御巣鷹山の尾根に墜落しました。乗員乗客計524名中奇跡的に4名が生存、520名は即死状態でした。
上野村の黒沢丈夫村長は村を挙げて事故処理に協力する決断をし、約3カ月この活動を第一にしました。それから1年後、上野村は遺族の方々のために慰霊の場を建設することに決め有志が土地を提供し、「慰霊の園」が完成しました。毎年8月12日追悼式を行っています。
黒沢村長始め村の方々の死者の霊に対する真摯な姿勢に感動すると同時に、人の霊の行く末が不明確のまま慰霊する残念さを感じました。

上野村に教会はありませんでした。クリスチャンもおられるか分かりません。
死後のことが分からない方々に霊の行く先をはっきりと知らせ、その行く先が天国となるように導びかねばならないとの思いを新たにいたしました。