2015年 4月26日 鎌倉海岸キリスト教会月報
メメント・モリ (戸川偕生)
メメント・モリとはラテン語で「死を覚えよ」、しゃれこうべなどの意味があります。この言葉は修道院で修道士たちの間で普通の挨拶として使われたと言われています。常に、いつか訪れる永遠の死を意識してこの世の一時的な歩みの中で永遠への備えを怠らないようにしなさいとの意味があります。
クリスチャンにとって死は人生の終わりを意味するのではなく、逆に、本当の人生のスタートを意味します。主イエスがご自身の命と引き換えに私たちに与えてくださった天国の国籍によって天国の住民になる喜びの時なのです。
この天国の国籍はどのようにして獲得できるのでしょうか。天国へは自分の努力や善行や修行では入れません。天国のオーナーである神様の入国許可が必要です。
人間は誰にも原罪があります。ですから人間社会には、原罪の思うままに行動しないように法律を作り、警察を作り社会秩序を維持しようとします。
これは外側から規制をして罪を抑え込むということで、人間の本性にある原罪がきよくなるということではありません。
原罪がきよくならない限り、天国には入れません。
神様は、きよい天国に罪ある人間を入れることをなさいません。
しかし神様は、一人でも多くの人を天国に迎え入れたいと思っておられます。そのために、人間の罪をきよめるための刑罰を身代りに受けられる罪のないきよい人間を私たちのために送ってくださいました。その方がイエス・キリストです。イエス様は罪がないまま、まさに冤罪状態で十字架にかけられ亡くなられました。それは人間の罪の犠牲です。
イエス様の十字架の死は、私の罪をきよめるためのいけにえであったと心から信じるならば、神様は罪のない者として天国の国籍をくださるのです。天国の国籍を持った者は永遠に生きることができます。その証拠は、イエス様の復活です。十字架の罪のきよめは完全ですから、信じるならば、イエス様と同じように復活ができるのです。
天国では、復活されたイエス様が待っておられます。私たちは、死ぬことによってイエス様にお会いできます。そして、新しい体に復活して、再びイエス様と一緒にこの世に来て、イエス様を王として千年間共に生きるのです。その後サタンは滅ぼされ、用意された新天新地で永遠に生きるのです。
教会の新年度が始まりました。教会の使命である永遠のいのちを一人でも多くの方に持っていただく働きを、メメント・モリの緊張感を持って実行してまいりましょう。
主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられます。
Ⅱペテロ三・九