初代牧師:戸川二郎
アメリカの初代大統領と言えば知らない人はいないジョージ・ワシントンであるが、子供の時から、目に見えない神など信じなかつた。敬虞なクリスチヤンであった父親は、ある日ジョージ・ワシントンの文字の形に草花の種をまいた。やがて草花が文字となった時、ジョージは「ひとりでこんなに咲くはずはない。誰かが種をまいたにちがいない。」
その時、父親は「ジョージ、こんなに美しい花が自然にできるはずがない。人も動物も、天地もすべてをお造りになった神がおられるのだ。」ジョージはそれから聖書を読み熱心な信者となり、信仰に立って正しい政治を行い偉大な政治家と言われた。
世の中には、三種類の無心論者がいる。目に見えない神などいない、とする人。無神論者に共鳴している人。神が存在すると困る生活をする人である。
ある夜、西瓜泥棒に出かけた親子がいた。父親は子供に見張りをさせていたが、突然子供が「見ているよ」と叫んだ。父親は驚いて子供の所に来て「どこで見ているのか」と聞くと子供は「お月さんが見てる」と言ったのである。月には人格は無い。しかし月を造られた神は私共の生活をすべて見ておられる。神は人格を持ち給う愛なる神で在すと共に罪をさばかれる義なる神である。
正義の神を認めない人は、肉欲の奴隷となり、人に見られなければ、有名人であれ、無名人であれ、悪事を重ねている。
波多野鶴吉という人がいた。神を認めない人間の一人で、青年時代に不正のお金を花柳界に於いて湯水のように使い、その果ては梅毒にかかり鼻が無くなってしまった。どん底に於いて彼は廃人を救い給うキリストを信じた。彼は神の子として生まれ変わり、繊維業に専念、不正の無い製品で内外に信用を得、「グンゼ製糸」の商標でアメリカでは、無検査で通るまでになった。
今では業界のトップに立つ迄成功した。綾部市には、鼻の欠けた銅像が建てられ、綾部市の誇りとなっている。同氏は、「神が共に在す」という信仰に立つ時、神は凡てを恵まれると言われた。
無神論者という人が、毎年「初詣」をされるが、之は人間には動物と違って霊魂を持っているので「拝む」心があるからである。霊魂は、神が人を造られた時、与えられたもので「死後は天国に行きたい。」と言う願いを抱くのはそのためである。「拝む」心は神を認めているのである。
有名な無神論者、アレン陸軍大佐は、夫人がクリスチャンになってから毎日のように、天国はある、天国は無い、との論争が絶えなかった。ある日、一人娘が難病で入院、医師から不治の病と宣言された。娘はまだ十才であったが、ある日父に「私は死ぬかも知れないが、お父さんの言うことを信じたらいいの、お母さんの言う事を信じたらいいの」と質問され父親は病室の中を何十回も往復して苦しんだあげく、涙を流して娘の手を握り「お母さんの言うことを信じなさい。」と言った。娘はニッコリとうなずいたが、翌朝安らかに息を引き取ったのである。
「男はつらいよ」で有名な渥美清さんは、生前にキリストを救い主と信じ洗礼を受けられ、うさつらさのない愛に満たされた天国を仰ぎつつこの世を去られた。天国に生きる希望を持つ事こそ人生最高の幸福である。