説教主題_2026_01_25◆伝道礼拝◆山中直義師

タイトル 「私が償います」 聖書箇所:ピレモンへの手紙  1~25

 ピレモンへの手紙は、使徒パウロが愛する同労者ピレモンに宛てた、きわめて個人的な手紙です。しかしその中には、キリストを信じる信仰が、人間関係や社会的な壁をどのように変革し得るのかという、非常に重要な主題が示されています。

 オネシモは、ピレモンのもとから逃げ出した逃亡奴隷でした。当時、逃亡奴隷に対する処罰は非常に厳しく、その行く末はきわめて絶望的なものでした。そのオネシモが、逃亡の途中で獄中のパウロと出会い、福音を聞いてキリストのものとされます。パウロは彼を「わが子」「役に立つ者」「私の心そのもの」と呼び、主人であるピレモンのもとへ送り返すにあたり、とりなしの手紙を書きました。この手紙の中でパウロは、使徒としての権威によって命じるのではなく、「愛」と「コイノニア」に基づいて切に懇願します。その願いは、パウロの「仲間」(コイノーノス)であるピレモンが、オネシモをもはや単なる奴隷としてではなく、「奴隷以上の者、愛する兄弟」として受け入れることでした。そしてこのとりなしをするために、パウロはオネシモが負っている一切の負債を自らに転嫁するよう求め、「私が償います」と正式に申し出ます。これは当時の常識からすれば、考えがたい行為でした。しかしそれは、私たちの罪の負債をすべて引き受けてくださったキリストの贖いの愛に生きる者としての、必然的な応答であったと言えます。

 キリストによって贖われた者たちの「コイノニア」とは、超えがたい身分の違いや壁、さらには負債さえも越えて、共にキリストに仕えるパートナーシップであることを、この手紙は教えています。外から強制される倫理ではなく、キリストの恵みに対する自発的な応答として生きられる愛の交わり(コイノニア)に招き入れられていることを感謝し、いよいよ共にキリストの愛に生きる者とならせていただきたいと思います。